サントリー山崎蒸留所の工場見学では、ウィスキー山崎と白州の試飲を。
冷たく冷やしたソーダで割った山崎12年がとてもおいしかった。
それとは別に有料テイスティングのメニューに、構成原酒とか樽出原酒があった。左の写真で見られるような無数の樽が静かに熟成の時を重ねている貯蔵庫を通り抜けてきたあとだけに、樽出原酒8年というのを飲んだ(15ml100円。ストレート。私はこの量で十分。。)
なんと甘さを想像させる香りであること。そしてアルコールのとげとげした刺激を感じることがなく、とても粘っこい液体であって、そして「うまい」と思ったこと。店頭で買う市販の酒類とは違うことに驚いた。
シングルモルトは一つ蒸留所で作られてるという事、サントリーローヤルの瓶の口栓の形は敷地横にある神社の鳥居の形を模してあること、などおもろい話をきいた。
そのあと(私だけは)軽く酔っ払いながらアサヒビール大山崎山荘美術館へ。安藤忠雄さんのうちっぱなし建築にも遭遇してこちらも驚きました。
フェニックスホール 2011年9月25日(日)
言っちゃあ悪いですけど、見た感じ、大阪のラーメン屋のおやじですよ、中村さん。
と気安くお声をかけさせてもらえそうな感じの中村先生。
ワークショップではサンバのリズムを、参加者(30人くらい)が4グループにわかれて、それぞれが別の楽器のまねをして口三味線で合奏。
ズッ、ドーン。ズッ、ドーン。トントントンチ、トントントンチトン。コンキキキンココ、コキンキキンココ。シャカシャカシャカシャカ、シャカシャカシャカシャカ
口三味線だけじゃなく、ステップの練習もした。4種類もやった。マイケルジャクソンがリオのコンサートでサンバのリズムに乗せて会場全員でやったというステップも練習した。女の人のサンバのステップというのもやった。お尻がブルブルっと動くやつ。
こんなんができるのも、あの肩の力がぬけた、打楽器好きなかっこいい感じに惹きつけられるからだと思う。
シャカシャカのところでは、仏教とは関係ありません、というシャレも。
でもどうして、パーカッショニストは、みんなあんなに「カッコよく」見えるんだろう。中村さんの仲間7名、みんなかっこいい。
コンサートを聞いてわかることは、打楽器だけのコンサートでは、確かに、弦、管楽器とちがい、音程にそんなに神経質にならなくていいいことは一つあるかもしれない。その分、しばられていなから、音楽に対する寛容度が大きいかもしれない。(音程がないわけじゃない。マリンバやシロフォンの演奏は、鍵盤の上を高速でバチ、マレットが走り回っていた)
ただ、当然だけど、皆さんおそろしく練習していると思った。
あのアドリブで演奏しているような感じは、譜面として書かれてあるようだ。逆にいうと、譜面として書かれているものを、あたかも自分の中からでてきたように演奏できてしまうほど練習していると思う。
それも、打点がおそろしくはっきりしているものを、他のメンバーの流れの中に溶け込ませたり、メンバーと同時にたたいたりする。とても鋭く、大きな音で。迷いがあったらそんなことできない!!
ハンドベルの場合も自分の音に回ってきたときに、寸分と違いもなくリズムに入れないといけないが、打楽器も同様で、自分の周りをぐるっと囲む7、8個の楽器を、バチや素手で他の人の流れの中に寸分の違いもなく打ち込んでいく。
プロだから当然だけど、そんじょそこらの練習じゃないと思った。
フェニックス名物、アンコール時の後ろの壁のオープンでは、1階フロア全員でサンバ!
ピー、ピー、ピーッ。 ドン、ドン、ドンッ。 コンキキキンココ、コキンキキンココ、コンキンキンココ、コキンキキンココ。
残念ながら2階席だった。踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らな損損、じゃないけど、ワークショップでせっかく練習したのに。残念。
アルカスホール 2011年8月28日(日)
たぶん、きっと、プロモーターというかプロデューサーというか、そういう人がいるんだと思う。
いかにも楽譜というルールにしばられたクラシックという感じだ。
彼はまず、ノーネクタイ、白シャツ、黒のタイトなおしゃれスーツで登場。
「お。松永クンを向こうにはらねばならないから、ちょっとくずして無理してるんじゃないの」
と思わせる。
リストの愛の夢を、とても美しく(音符が絵になってとんでいく感じ、のだめの感じ)弾き、超絶技巧練習曲をバラバラバラッという感じでさっそうとかつクラシカルに弾き、そしてmc。(かなりのピアノのうまさに驚かされる。腕前を存じ上げずにスミマセンデシタ。)
ちょっと朴訥でたどたどしいけれど、まじめに曲を解説してくれる。リストについてもしゃべってくれ、最後に、「リストはものすごく男前で今でいうアイドルのように女性にすごくモテたそうです。本当にうらやましいです。」と言ってクスクス笑わせて、最後に今度はショパンを、またバラバラバラっという感じでクラシカルにさっそうと弾いて、「次は松永君です」といって、サクっと退場。
出ました、松永君。シャツを裏返しに着るサスガの衣装。東京でもニューヨークでも、どこでもこいのステージ馴れした感じで、かっこよくジャズピアノを決めていく。
休憩後、アルカスホール自慢の2台のスタンウェイがおでまし。
年上の中野君が年下の松永君にmcをひっぱられて、いよいよピアノデュオ。ここからがすごい。中野君がすこしずつ演奏の幅を広げていくのがすごい。だんだん、表現の幅が松永君を超えていく。
曲自体を知らない自分が悪いのだが、松永君の弾く「展覧会の絵」をバックに中野君の腕が鍵盤上を左右に跳躍して、はげしく振り下ろされる。ジャズだ!と思う。演奏後それが、プロコフィエフの戦争ソナタだと知る。もうこの辺に来ると、ジャンルの境界がないと思った。
二人は、ジュリアードで出会ったそうだ。ニューヨークの学食でたまたま出会い、ちょうど松永君はクラシックに興味を持ちだし、中野君はジャズに興味を持ちだした時で、話が合ったそうだ。
最後はガーシュイン ラプソディーインブルー。 城山三郎が、「勇者は語らず」の中で、戦後日本経済をけん引した自動車産業のモーレツサラリーマンに、音楽など何一つ興味はないが唯一この曲だけは知っている、青年の夢、挫折、希望がつまったような曲だ、というようなことを言わせた曲だ。
ジャズは、リズムをずらしたり、ちょっと変わった和音を使ったりして、ひと目を惹く「いちびり」なやつだ。そしてクラシックがめざすところは、それは、決められた楽譜の中で、その中で一番の美しさを表現することだと思った。そして音楽の楽しさは、ジャンルを超えて、プレーヤー同志で息をあわすこと、と思った。
いちばん美しいところは、松永君は中野君にゆずっていた。中野君は、和音をひびかせ、推進したり逆に間をとったりして静寂と音の圧力を自在にあやつっていた。松永君もできるんだけど、もっとうまい中野君にゆずっていた(ように思う)。
家の中にばっかりいた男の子が、いたずらっこにひきずりまわされて世間を知って、心を広げていく、そんな過程を音楽を通して2時間で味わえるような学園ドラマのような演奏会。といえるかも。
演奏会の楽しさって、いろいろあるもんだなあ。
11日(日)朝刊
『福島の汚染が経産省の一つの原点と捉えてそこから出発すべきだということを感じた。事故現場の作業員、そしてまた管理している方々は予想以上に前向きで明るく活力をもって取り組んでいる。
残念ながら(原発)周辺の市町の市街地は、人っ子一人いない。まさに死のまちという形だった。私からももちろんだが、野田総理からも「福島の再生なくして、日本の元気な再生はない」と、これを第一の柱に野田内閣としてやっていると至る所で話した。』
さかのぼって9日(金)夕刊 読売新聞
見出し「原発周辺「死のまち」鉢呂経産相、視察の感想」
鉢呂経済産業相は9日の閣議後の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所の周辺自治体を野田首相らと8日視察した感想を述べ、「残念ながら周辺町村の市街地は人っ子一人いない、まさに死のまちという形だった」と発言した。経産省相は「福島の再生なくして、日本の再生はない」とも述べたが、原発事故やその後の対応で政府の責任が問われる中、担当閣僚自身が周辺地域を「死のまち」と表現したことは波紋を呼びそうだ。
経産相は会見で、原発事故の作業員らについては、「前向きで明るく活力をもって取り組んでいる。3、4月に(現場)に入った方からは『雲泥の差』と知らされた」と話し、作業環境が改善しているとの認識を示した。」
マスコミを疑え。マスコミだけでない、噂話や、人づてに聞くことや、いわゆる情報というものはすべて疑え。自分の耳でその人から実際に聞くことだけが真実だ。
「マスコミは嫌いだ。発言の全てを流さず意図的に切り取って電波に流すのが許せない。全てを流してくれるのならマスコミの取材を受ける」というような発言をしていたのは誰だっただろうか。
「ほら放射能」も疑え。どういう状況だったかはそこにいたマスコミだけが知っている。場合によっては真剣な話から意図的に切り取られているかもしれない。
原発事故が起きた時に、原発の状況を説明する専門家のような人が、計量的な数字の詳細をならべてテレビで説明しているのをみせられて、一般庶民の自分が今どういう状況なのか、理解できたか。わかる言葉になおしたらどういうものだっただろうか。
仕事でもなんでも、担当になったら第三者的であってはならない。少しでもひいた目線でものを見ると、悪意をふっかけてくる人がいる。「冷静に、全体を見渡して、誰にもわかるように平易な表現で」は必要だが、第三者的であってはならない。
たとえば、廃墟の街の再生の担当になって、はじめて現場にいき、あまりの悲惨さに愕然として、あらためて事の深刻さとこれからの全力をあげて対応することの意思を表現したいなら、それで誰にも悪意をふっかけられないようにするにはどうしたらいいだろう。
感想を求められても、文学的であってはならない、第三者的であってはならない。しかし本当に生活を断たれた人になりきった発言もいけない。
「この街はもともと住民約三万人の暮らしがあったが、昨日現場にいったところ、作業担当者が600人、あとは医療関係者と市役所職員30名だけが残っているということだった。一日でも早く一人でも多くの方々が戻ってこれるよう担当者として全力をつくしてやっていきたい。」
あまり自分の愕然とした感情は伝わらないが、過半数が味方になってくれたと信じられるまで実務担当者はそれを言う必要がないのだろう。ただただ立ち向かっていくということだけを述べればよいのであろう。
最高責任者は違う。「人生いろいろ、仕事もいろいろ」。人のこころにうまく入っていく言葉が必要だろう。外野も違う。適当な事を言っておればいい。
自分の心を殺しながらただただ作業を推し進めるだけ。実務担当者は上から下までそうするのが、悪意をさしはさまれず、誰にも邪魔されずにやっていける方法かもしれない。
(後日自己コメント)
もう少し、いろいろな現地の不満の声などの記録を見ていくと、復旧が遅れているのは、与党の復旧対策についての決断が遅れている現状があるらしい。それなのに第三者的と取られる発言があったので、糾弾されたようだ。自分ももう少し色々なことを知らなければいけないと思った。
紳助が芸能界を突然に引退した。
テレビの芸能ニュースを見て、紳助はまっとうなことを言っているなあと自分が思ったのは、「このまま残ったら800人の後輩にしめしがつかん」、と言ったことだった。
吉本興業が言わせたのか、紳助自身がそう言ったほうが良いと思って言った言葉なのか。
どちらにせよ、芸能関係者、とりわけ吉本興業の後輩芸人は、ここ数日間だけでも気をひきしめることと思う。
引退といえば、管総理の辞任遅れ、そして、鳩山元総理の引退遅れ。特に鳩山さんは、沖縄混乱で、政治家に無くてはならないと思う調整力を持っていなかったのだから、もう、政治にいてはならないと思う。
が、まだお金という権力を持っていて、過去にそのお世話になった人が回りにいるからだろうか、なかなか引退しなさいと強くいう人もいないし、御自身も引退しなくていいし今まで通り公的舞台で発言してもいいと思っているような気がする。
それはさておき、「変なことしちゃった」と自覚したときの尻拭いは、自分で決めるのはとても難しい、と思う。
紳助も、「もう表舞台にたってはいけない」ことと「やめることで番組制作関係者へかける迷惑」とを瞬間的に天秤にかけたと思うが、番組を続けても、スポンサーもいつかは引きあげてしまい、余計に迷惑をかけることになるだろうと思い、早いうちに決めたのだろうなあ。
紳助は今回「けじめをつけ」て後輩にしめしをつけたと思うが、けじめをつけられない場合や、社会にしめしをつけられない場合があるのは何故だろう。お金の損得を計算し、その結果、賠償するだけの責任を負えない、と気づく場合があるからかな。
村上龍の著作に「あのお金で何が買えたか」みたいなタイトルがあったかと思う。
銀行への資本注入、住専問題での損失処理、不良債権の無税償却。
「たぶん利益を生むと思って不動産や事業に投資したけれど、思惑がはずれて、投資を回収できなかった。で、その投資の元手は、自分の余剰資金じゃなくて、他人から預かったお金でした。もう預かったお金を返せませ~ん」
経営者以外の人たちは悪くはないだろうから、その人たちが働く場である法人を「引退」させる必要はなかったかもしれないが、社会の目には、しめしがついていないように映ったかもしれない。
あの頃から、けじめや、しめしは、失敗の規模が大きければ大きいほど、つけなくてもいいとなったのかもしれない。
失敗の規模が小さいと、ぎゅうぎゅうとしばれるけれど、大きいと、影響を他に及ぼさないことの方が大事だ、とか言ってしまうのかもしれない。
年金で、本来、保険料を納めるべき人(多くは女性)が認識不足で保険料を納めていなかったにもかかわらず年金を受け取っていた、または、未納のまま受け取る年齢に達してしまったとかの事例が出てきていたと思う。
検討会のようなものが国にできて、識者数人が議論した。学者や官僚、政治家は、ルール通りではなく例外を認めるような意見をいい、逆に、民間人女性たち(その一人には、見城美恵子さん(ケンケンさん)のお名前が出ていたように思う、そういう方たち)の方がルール通りに返納、または追加納付まで支給なし、などの原則的処置の意見を出されていたように思う。
他人にしめしがつくように、あとの人にしめしがつくように、どのようにけじめをつけたらいいのか、つけさせたらいいのか。
本来、しめしをつけるような、リーダーの地位にある人がしめしをつけないなら、メンバーからしめしをつけることを見せて、リーダーに気付かせるのがよいのか。
今回の年金問題も、年金を管理している側が、誤って支給してしまった、ともとれるんじゃないか。そうじゃないのか。わからない。年金の管理機構は新しくなったようだから、それでしめしがついたのかもしれない。年金特別便が送られてきているから、DNAは断ち切られて、新しい物になっているのかもしれない。
でも気付かなかったのは誰かだけでも知らせてほしい。「すまんかった」と謝罪の一言でもほしい。いや、もうしているのかもしれない。そういえば細川厚労相がなんか言っていたな。
深夜で拡散してしまった。表面だけ知っていて、よくわかっていないことをまとめていくのは難しいし、責任の重さも感じる。間違ったことをたくさん書いたかもしれんなあ。
ここで間違ったことを書いて、他の人に迷惑をかけたらどんなふうにけじめをつけるんだろう。
セリーグの、各チーム時代がばらばらの復刻版ユニフォームをスポーツニュースで見ているのがとても楽しい。
巨人の真っ白のユニフォームとか、阪神の濃紺のユニフォームなどは、いつの時代のなのだろう。
中日の頭に「C」の文字は、星飛雄馬の時代よりも古いのだと思う。
横浜が思い切って、シピンがいたころの、オレンジと緑のマルハのユニフォームにしてくれないだろうか。
一番期待したいのは、パリーグで、応援しているバファローズが、西本監督で強かった時、仰木監督で強かった時の、肩に赤、岡本太郎の燃える猛牛を頭につけて、戦っていた時のあの近鉄バファローズのユニフォームを見せてくれないだろうか。
今のオリックスのユニフォームは色こそ紺色だが、とても似ていて好きなんだけど。
最近はプロ野球も復刻版ユニフォームで試合をしてくれることが多く、今日は、ライオンズが太平洋クラブの時のユニフォームでやっているのを、スポーツニュースで見れた。
子供の時には、オールスターゲームで瞬間的に見るぐらいしかできなかった太平洋クラブのユニフォームだったので、昭和40年代(か50年代はじめと思う)の昔にオールスターゲームをテレビで見ていたときの高揚感を思い出してしまった。
今日見てきたフラワーズでも、懐かしい髪形、服装、町並みを映画の中で見てきた。
何か分からないけれど、しみじみとしていてエピソードごとにつぼにはまってしまった。涙が出るのは音が出ないからいいのだけれど、鼻をすすってしまうと音が出て困るので、息はゆっくりめで。
舞台の田舎となっている「西花堂」の駅は、「花堂」という名前で福井県にあるらしい。あんな景色が今でも撮影できるほど残っているんだ。
資生堂の「TSUBAKI」に関連するCMのような映画という声もあるらしいのだが、それはそれとして置いておいて、とてもよかったと思う。
V6井之原の年をとったあとを、平田満が演じているのが、とてもナイスキャスティングと思った。
また、なっちゃん(田中麗奈)を、将来の美人と見越してまだまだ本当に子供の時に発掘した人は偉大だ、と思った。
蒼井優も少し前の時代の映像にぴたりとはまっていた。フラガールの時もはまっていたと思う。
ストレートヘアでない仲間由紀恵もとても魅力的だった。
思わぬところでラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が使われた。
先日、「この人は大きな可能性を持っているんじゃないか」と勝手に思ってしまったピアニストを地元でお見かけしたので、もし私も所属するオーケストラがその曲を演奏するところまで実力が届くことがあったならば、私もいつかその演奏に加わってみたい。
でもその頃には、もうその方は地元にはいないかもしれないけれどね。
ブラームスの室内楽をやると、本当に高い山があると感じる。臨時記号が多い、拍の数え方が難しい。立ち向かうと自分の反射神経の鈍さをつきつけられているように感じてしまう。どうやったら慣れることができるのだろう。